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目は口ほどにモノをいう最新テクノロジーで動物の認知感情を捉える

映画を見る時、私たちは登場人物に感情移入したり、次のシーンに何が出てくるかハラハラしたり、映画の疑似体験から知識を得たりします。これは、私たちが高度な認知感情機能を自然かつ自発的にフル活用していることを示しています。では、ヒト以外の動物もこのような認知感情を持ち、同じように映画を楽しめるでしょうか。私は、アイ・トラッカーなどの最新センサー技術によって視線の動きなどを定量的に測定することで、ボノボやチンパンジーといった類人猿にも高度な認知感情が備わっていることを明らかにしてきました。

最新テクノロジーで動物の認知感情研究に挑む

ヒト以外の動物がどれだけ高度な認知ができるかということは、認知研究において大きなテーマの一つです。観察と記録で対応するしかなく、証明することが難しいと考えられてきましたが、私はこの課題にたいして、アイ・トラッキング技術を利用した研究で定量化することに挑戦してきました。

アイ・トラッキング技術を利用する着想を得たのは大学院生の頃です。さまざまなツールが試用できる環境の中で、研究室に使用されていないアイ・トラッカーがあったことがきっかけですが、認知研究を行う上で有効なツールになるだろうと直感しました。現在は、熊本県にある京都大学熊本サンクチュアリで研究活動を行っています。ここではチンパンジー57頭、ボノボ6頭を飼育していますが、これだけ多くの個体数を維持して類人猿の研究ができる設備は、世界でも希少です。恵まれた環境で研究を進め、最新センサー技術によって、観察だけではわからない視線の動きなどを定量的に測定することで、これまでにボノボやチンパンジーが高度な認知感情を持つことを明らかにしてきました。

(A)動画鑑賞1回目
fig3A
(B)動画鑑賞2回目

fig3B <アイトラッキングを用いた動画鑑賞実験>
1回目に動画を見せたとき(A)に類人猿スーツの男が飛び出してきた方向を2回目(B)で予測して注目していることがわかる

 

 

アイ・トラッキングで明らかになった、類人猿の映画鑑賞力

ヒトが映画を見る時に高度な認知機能を活用していることを先に述べましたが、逆に類人猿向けの映画があれば、それを見せることで認知機能の検証ができることになります。私たちはまず、類人猿に2つのドアのうち一つから、類人猿スーツの男が飛び出してくる動画を作成しました。これをボノボやチンパンジーに鑑賞させ、24時間後に再度同じ動画を見せた時、画面のどの位置を注視したかをアイ・トラッカーで追跡しました。すると、2回目は類人猿スーツの男が飛び出してくるドアを予測的に見ることがわかりました。これは、類人猿が一度だけ見た出来事を長期に記憶できること―ヒト特有の能力と考えられてきたエピソード記憶に必要な能力―を持つことを初めてクリアに示した結果です。

また、「誤信念課題」にも対応できることがわかりました。動画の中の人物が何かに手を伸ばそうとしているシーンを見せると、動きを先取りして手の先のモノを注視できます。また、その人物がそこにモノがあると信じているが実際にはない、という状況でも、その人物が信じているところに基づいて、その人物の動きを予測できることがわかりました。つまり、類人猿も近い未来のできごとを予測したり、登場人物の意思を理解したりすることができる高い認知能力を持つということを示しています。類人猿の映画学というものが可能なのではないか。そう思わせる結果と可能性に、大変エキサイトしています。

より広い動物種での認知研究へ

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霊長類の種間では認知能力に大きな差がないということが明らかになってきましたが、ボノボやチンパンジー、ヒトなど複数種の霊長類の眼の動かし方には、固有のパターンがあることもわかりました。さまざまな生き物の動画を見せ、眼の動かし方を確率的に予測すると、85%以上の精度で推定できます。これは、種によって好みや興味にかなり差があるということです。それらの差が近縁種間に存在し、かつ進化的に短期間で生じたことを示唆するのは興味深いことです。このように、最先端のセンサー技術などを用いることで、より高度な動物の認知感情や、種間の多様性の本質と意味を捉えることができるようになってきました。その知見は、認知行動学や進化、多様性の概念に対してより深い理解と洞察をわれわれにもたらすでしょう。

今後は、類人猿だけでなく、広く他の動物種に研究を広げようと計画しています。例えば、鳥類を対象として、彼らの群れ飛行時の集団行動メカニズムに、視線がどのような役割を果たしているのか、最新センサー技術を用いてオックスフォード大学と共同で調べようと計画しています。広く共同研究を進め、類人猿だけでなく、さまざまな動物種も対象としながら、最新センサーで認知を捉えていくことで、新たな研究概念を創出できるのではないかと考えています。ご興味をお持ちいただいた皆さんとも、共同研究やコラボレーションができれば幸いです。

個人HP

http://www.fumihirokano.com/
研究成果や動画、熊本サンクチュアリの紹介を発信しています。

主要論文

他の業績