ichimura

細胞レベルでのストレス応答の解明から創薬・治療への応用へ

過剰なエネルギー摂取や低酸素といった外部環境に起因する変化や、細胞内の電荷の偏りやpHなどといった、内部環境に起因する細胞レベルの影響まで、生物は日々様々な種類のストレスに晒されています。生命にとってこれらのストレスに応答し、生体内の恒常性を保つための仕組みは非常に重要であり、この機構が破綻すると様々な疾患が引き起こされます。特に、この機構には環境の変化を感知するセンサーが大事な役割を担っており、私はセンサーとなる細胞の受容体の働きを解明することで、これらの異常によって現れる病態を理解し、新たな薬の創出に役立てることを目指しています。

体内の脂肪酸センサー 脂肪酸受容体

近年、ストレス応答センサーとしての役割がわかってきた分子の1つに、脂肪酸受容体があります。これまで、脂肪酸は単なるエネルギー源と考えられてきましたが、脂肪酸受容体と結合することで、細胞内に様々なシグナルを伝えていることがわかったのです。このシグナルは、インスリンやGLP-1などの血糖値をコントロールするペプチドホルモンの分泌を促して血中に糖を取り込んだり、脂肪細胞の分化成熟が促され脂肪が蓄積されたり、といった生理機能に結びつき、過剰なエネルギー摂取や飢餓状態などのストレスに対応して全身の代謝を調節すると考えられています。

私はこれまで、α-リノレン酸やDHA等を含む中長鎖脂肪酸の受容体、GPR120の研究を主に行ってきました。GPR120を遺伝的に欠損させたノックアウトマウスに、高脂肪食を摂取させたところ、肝重量や白色脂肪重量の増加が見られました。このことから、GPR120欠損マウスは高脂肪食摂取により太りやすく、糖代謝の異常を起こしやすいことがわかったのです。また、この結果はヒトにも言えることもわかりました。フランスを中心とする国際共同研究チームと1万人規模での肥満者と、非肥満者のゲノムを調べたところ、肥満者の方がGRP120にある変異を持つ可能性が高いという結果が得られました。このことからGPR120の機能が失われる変異をもつヒトは太りやすい傾向にあると考えられます。

今後は、臓器ごとの働きが未解明となっている、GPR120をはじめとする一連の脂肪酸受容体が全身のエネルギー代謝をいかに制御しているかを、特定の臓器のみで遺伝子を欠損させたマウスなどを用いて詳細に解析していく予定です。これらの分子機構を明らかとし、低分子化合物などを用いた制御を行うことができれば、新しい肥満や糖尿病など代謝疾患に対する薬の開発に繋がることが期待できます。

細胞内のカルシウムシグナルを制御するTRICチャネル

細胞内には、物質の出入りで生じるストレスを調整するセンサーもあります。核や小胞体、ゴルジ体といった細胞内小器官では、金属イオンやタンパク質などの物質が適切に出入りすることで、細胞の機能を維持しています。この出入りの際、細胞や細胞内小器官の内外に大きな電位差が生じることも細胞にとってストレスの1つであり、そのままでは正常な生理機能を発揮できません。そこで活躍するのが、電位差を制御するためのチャネルです。

私は、数年前に生理機能が解明された、小胞体膜のTRICチャネルを調べています。小胞体はタンパク質や脂質の合成と修飾という機能を担う細胞内小器官ですが、もう一つの重要な役割として、カルシウムの貯蔵と放出があります。カルシウムの放出で遺伝子の転写制御が促され、様々な生理機能が発揮されます。この際、2荷の電位が小胞体外に出るため、そのままでは小胞体の内外に電位差が生じ、持続的なカルシウム放出が起きません。TRICチャネルは、この小胞体内と細胞質の間の電荷的な偏りを打ち消すための陽イオンを小胞体内へ輸送するチャネルとして機能し、小胞体からの正常なカルシウム放出を支えています。

このTRICチャネルが働かないと小胞体に過剰なカルシウム蓄積が生じ、最終的に小胞体ストレスという異常を来して疾患の原因になり得ることがわかってきています。その一つに、骨形成不全があります。近年、TRICチャネルの2つのサブタイプのうち、TRIC-B遺伝子に変異を持つ家系では遺伝的な骨形成不全が発生することが報告されました。しかし、その病態にTRICチャネルの異常がどう関わっているかは不明です。そこで、私はTRICチャネルの遺伝子欠損マウスを用いてTRIC-Bの欠損の影響が、骨形成に関連した骨芽細胞や破骨細胞、軟骨細胞にどう現れるのかを解析しているところです。詳細な分子メカニズムを解明し、TRICチャネルの異常をカバーできる創薬の可能性を示したいと考えています。

病態の解明から創薬へ

市村先生プロフィール写真
現在は細胞内のストレス応答という観点から基礎研究を進めていますが、将来的にはこの知見を創薬に活かす研究を行っていきたいと考え、同時に炎症や低酸素などのストレスにより誘導されるタンパク質を標的とした低分子化合物を用いた応用研究も行っています。稀少疾患など、製薬企業が取り組みづらい病気の解明や臨床に用いるためには、大学での創薬研究の役割が重要と考えています。基礎研究、応用研究にこだわらず、様々なアプローチの研究を医学や工学分野等異分野との連携を積極的に行いながら進めることによって、未解明の病態を理解するとともに、新たな薬の創出に貢献したいです。

主要論文